【第五回公演】鈴張神楽団「山姥」・「源頼政」

鈴張神楽団は、昭和26年に地元の有志によって結成されました。結成当初より衣装や道具など全て地元の方々からの寄付によって支えられ、毎年秋に行われる宮崎神社での秋祭りを中心に、地元に根づいた活動を行っています。近年になり、若い団員も増え、三度目の世代交代を向かえている今、神楽奉納を通して神楽に息づく先人達の思いを受け継ぎ、後世へと伝えていけるよう、団員一同精進したいと思います。

平安時代中期。清和源氏の嫡流である源頼光は、勅命を奉じ、郎党渡辺綱を連れ立って、東国に山賊征伐の旅に出陣した。

折しも越後上路山に差し掛かった頃、丁度日も西の山に傾き、夕闇に足を止められた。

宿りを求めるべく、辺りを探せば、山頂と思しき所に山家の明かりを見つけ、一夜の宿を求める。

山家より一人の老婆が現れ、丁重に招き入れられ、一夜の宿を得る。

夜も更けた頃、老婆は、頼光主従を招いた部屋の様子を伺い、何者かを招き入れる。

「如何に怪童丸、怪童丸~」

折を片手に現れたのは、老婆の一子にして怪童丸。老婆こそ、上路山を根城とする山賊、山姥であった。

寝込みを襲われた頼光主従であったが、一瞬の機転で、打って出た。

深夜の乱戦の形勢不利に一度は、わが子を見捨てた山姥であったが、わが子の危うきに立ち戻る。

頼光たちの武勇に尋常一様の者でないと察した山姥は、怪童丸をその家臣の末席に加えてくれるように頼み、代わりに、その一命を差し出す。

しかし、頼光は、その命を助け、怪童丸を自らの郎党に加える。

後の世に「頼光四天王」の一人と語られる「坂田金時」の誕生である。

陸奥のしのぶ文字ずり たれゆえに みだれそめにし われならくに

平安時代。近衛天皇の御世の事、毎夜丑三つ時に大内裏の東三条ヶ森より黒雲が湧き出で、紫宸殿の屋根を包み、近衛天皇が、時同じくして得体のしれぬものに怯え、悩まされるという事件が起きた。

時の左大臣藤原頼長は一連の事こそ妖の仕業と考え、先例に習い源氏の武士に払わすべしとの公卿会議の決定を受け、源氏嫡流頼光の流れを汲む兵庫頭源頼政を指名、頼政は、郎党猪早太を引き連れ、真夜中の内裏に向かう。

湧き出た黒雲の中にただならぬ気配を感じた頼政は、一念込めて、弓矢を引き絞りこれを打ち抜く。

尋常ならざる叫び声を上げ飛び出した者こそ、牛の体に猿の頭を持ち、手足は虎にして、尾は蛇の姿という化生『鵺(※本字は、空に鳥)』であったという。

格闘の末、頼政は、これを討ち取り、御門の病も見事快癒に向かい、この功績に頼政は、御剣『獅子王』を下賜される。

ほととぎす 名を雲井に あぐるかな 弓張り月の 射るに任せて

今回の演目の見どころは、「山姥」が怪童丸と山姥親子の別れのシーン、

「源頼政」が鵺の躍動感になります。

ぜひ、ご注目ください。

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