

私たち原田神楽団は、安芸高田市高宮町の原田八幡神社を守護神として例祭にいそしんでおり、
上演可能な演目は17以上のものを保持しております。
神楽団の結成時期は定かではありませんが、明治の初めごろから活動していたと伝えられて
います。
一時期、団員不足により活動を休止したこともありましたが、約60年前に当時の有志の努力に
より活動を再開し、昭和54年3月には「原田神楽」として広島県の無形民俗文化財の指定を
うけ、現在に至っております。
無形民俗文化財である郷土の伝統芸能「原田神楽」を伝承する重責を担っていることに誇りを
持ち、団員一同、地域の方々のご支援を受けながら精進しております。
今後も皆様のご支援ご指導をよろしくお願いします。

南朝の忠臣楠木正成は、後醍醐天皇の要請を受け足利尊氏と戦います。
正成は、赤坂千早に城を築いて尊氏の軍と戦いますが、北朝の大軍には抗しきれず、我が命を
天皇に捧げんと、最後の決戦を湊川にと求めます。
この物語は、湊川へ出陣する正成と正季に対して、まだ幼い正行が父上の助けとなりたいと
参陣を願いますが許されず、後を頼むと説得されて河内へ帰るという、世にも有名な桜井の駅の
別れの場面を神楽化したものです。


時は平安時代 、信州は戸隠山に棲む鬼人たちは、この世を我が物にせんと悪事を働いていました
が、王朝を守護する中納言平維茂のために思いを遂げられずにいました。
ある時 、平維茂が紅葉狩のために三河遠江あたりへ訪れると、風の便りで聞いた鬼人たちは、
積年の恨みを晴らすために美しい上臈に身を変え、紅葉狩の宴を催し、維茂たちをおびき寄せる
謀をめぐらせます。
紅葉狩に夢中になっていた維茂主従たちは、戸隠山で道に迷い山中を彷徨っていると、上臈たち
が催す紅葉狩の宴の場に差し掛かります。
上臈たちに里路を尋ね、その場を立ち去ろうとしますが、上臈たちに誘われるがままに紅葉狩の
宴に加わり、酒に酔い伏してしまいます。維茂たちの油断に乗じて正体を現した鬼人たちは、
積年の恨みを晴らすために妖術をもって襲いかかりますが、維茂が日ごろから信心している
八幡大菩薩のご神徳により一命をとりとめます。
八幡大菩薩から、上臈たちの正体は戸隠山の鬼人であることを告げられ、神剣を授かった
維茂主従たちは、激しい合戦の末に鬼人たちを見事に退治するという物語です。