あさきた神楽公演

あさきた神楽公演は、地域の文化活動の発表を通じて芸能の継承・連携の端緒となり、新たなファン層の拡大や広島市外を含む他地域との交流促進を目的とし、安佐北区内の神楽団を中心に年10回の公演を行っています。

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当日は
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・会場スタッフの指示に従ってください。

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【第十回公演】綾西神楽團・宮乃木神楽団

綾西神楽團は、1981年12月広島市安佐北区可部町綾ケ谷を拠点に「綾西神楽同好会」として

発足しました。

父祖累代親しみ続けてきた郷土芸能「神楽」の魅力にひかれた地元若者が参集し、

青年層の活動の一環として習得しております。

結成時は、神楽の経験者が誰もいないだけでなく、衣装も道具もない状態でしたが、

地元の方々のご厚意により衣装・道具一式を揃えていただきました。

その後、地区の高校生などが加入したことで会員も増え、名称を「綾西神楽團」と改めました。

モットーは「礼節を重んじ、礼に始まり、礼を学び、礼に終わる」としており、

更に「神楽を楽しみ観る人に感動を与える神楽團」を目指し活動を続けています。

 

 

 

 

平成10年、広島県広島市安佐町飯室の野原八幡神社を御祭神として

設立しました。

阿須那系八調子を源流とする、梶矢神楽団に指示を受けています。

「神楽とは何か?」を考え、儀式舞、儀礼舞、能舞の流れをふまえ、

先人たちの築き上げた心意気を学びたいと考えています。

今後とも芸を磨き、観る人の心に残る神楽を舞い、

また足を運んでいただけるよう日々精進してまいりたいと思います。

 

 

 

 

 

平安時代の中頃。西の京の都に天皇あるなれば、東の「新しき皇」

たらんと立ち上がり、時代に悪人と仕立て上げられ、時代の露と消えた平将門。

その後、「新皇」と同じ「九曜」を旗印に将門の娘「五月姫」が立ち上がります。

「父の無念を晴らすべし。」

その一念に取りつかれた姫の瞳は、狂気を帯びはじめます。

貴船明神より授かった妖術を駆使し、その名を「滝夜叉姫」と改め、破壊と非道、

暴虐の限りを尽くしていました。

朝廷は、これを鎮めるべく陰陽師「大宅中将光圀」を大将とした征伐軍を差し向け、

光圀主従は、凶つ神の妖しき妖術の前に苦しみながらも、陰陽の霊術を以て、これを討ちとる

という物語です。

下総に 吹き来る嵐 止み沈み 静まり治まる 相馬城かな・・・・

院の北面の武士坂田時行の妻、八重桐はひたすら内助に励み、一人の子供を授かりました。

すぐる日坂田時行は病に倒れ帰らぬ人となり、八重桐は一人で我が子を育てようとしましたが、

人の情けも身に冷たく、日々の暮らしも貧しく里親を求めて都へ出ました。

都にて一人の武将に出会い坂田時行が残した守り刀と一緒に我が子を武将に託して去りました。

その武将は源頼光でした。小雪が舞う寒い夜に赤子と刀を託された頼光は置いて去るわけにもいかず、

館へ連れ帰り託された親を探しました。

我が子を託した八重桐は、我が子を育てられなかった罪にさいなまれ鬼女となり上路山にこもって

手下を従え、山賊の頭となって悪事を働きました。

月日が24年たったが親は見つからず、赤子は頼光のもとで育てられました。

託された刀の中子を見ると院の北面の武士・坂田時行のものであることがわかりました。

坂田時行の息子であれば武将の道に進むより他なしと判断した頼光は、育てた子の名を、

父の坂田時行の名をとり坂田公時と名付け、四天王の一人として従えました。

東国の凶賊征伐の勅命を受けた頼光は坂田公時を連れて東国に向かいました。

東国へ向かう途中上路山へ入りましたが、草木険しく道が進まず困り果てたところ、山中に灯りの漏れる

人家を見つけ一夜の宿を借り休息をとりました。その人家が山賊・八重桐の人家でした。

頼光と公時が寝静まると山賊の手下が襲いかかるも、後一歩のところで頼光に勘づかれてしまいます。

その後激戦の末、坂田公時と八重桐の一騎討ちとなります。

坂田公時は、まだ未熟であったため苦戦します。

最後の力を振り絞り、坂田時行の守り刀を振りかざしますが、八重桐に奪われてしまいます。

奪った八重桐が刀を振りかざすとき、夫の刀であることに気づきました。

加勢にきた頼光は異変に気付き、

刀の素性を知っているのはなぜか?

過去に赤子と刀を託したのは其方か?

と尋ねました。託した人が八重桐と知り、公時に八重桐が母であることを告げます。

託した人が頼光であり、四天王の公時が自分の息子であり、刃を向けた鬼が母であることを知り、

八重桐と公時は愕然とします。

最後のとどめ打たせぬこと、生き別れの母に巡りあえたことは、今は亡き、坂田時行の親子再開の

守り刀の威徳であると頼光は讃えました。

その後、八重桐と坂田公時は都城下の町屋にて余生を過ごすという物語です。

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