令和7年度【第5回あさきた神楽公演】綾西神楽團

綾西神楽團は、1981年(昭和56年)12月、広島市安佐北区可部町綾ケ谷に

「綾西神楽同好会」として発足し、父祖累代親しみ続けてきた郷土芸能「神楽」の魅力に

ひかれた地元若者が参集し、青年層の活動の一貫とし、「神楽」を修得しております。

結成時、神楽の経験者は誰もおらず、衣装も道具もない状態でしたが、地元住民の厚意に

よりまして衣装・道具一式を揃えていただきました。

その後、地元の高校生が加入して会員が増え、名称を「綾西神楽團」と改め、現在に至ります。

モットーは、「礼節を重んじ礼に始まり礼を学び礼に終わる」としており、

更に「神楽を楽しみ、観る人に感動を与える神楽團」を目指し活動を続けております。

建武3年(1336年)湊川において、楠木正成を自尽に追い込んだのは、

伊予の国松崎の住人、大森彦七でした。

その勲功に対し、足利尊氏は広大な領地を与え、彦七は一躍、豪族の列に入るように

なったのです。

ところが凡人の悲しさ、いわゆる成金根性で豪遊・猿樂などにうつつをぬかす日々を送って

いました。

湊川にて敗れた楠木正成の魂はいつかしか怨霊となり、この世をさまよい、

千早姫に姿を変えます。

彦七に恨みをはらす機会をうかがっていた千早姫は、宴が毎夜開かれる彦七の屋敷に侍女として

忍びこみます。

宴の途中で金蓮寺の春祭りに参加するため、彦七は千早姫を伴い屋敷を出ます。

途中、矢取川に差し掛かり流れが早かったため、姫を背負って川を渡っていると、

急に重くなり、水面を見るとそこには鬼女の姿がありました。

千早姫の正体は、かつて大森彦七が自尽に追い込んだ楠木正成の怨霊だったのです。

騒ぎに駆け付けた家来達は、とり殺されそうになる彦七を助け、大般若経の教えをもって

怨霊を調伏するという物語です。

 

今日の日も 暮れて明けなん 明日まで 宴はつきぬ 平里の城かな

この神楽は、謡曲土蜘蛛を神楽化したもので、大和の国葛城山に年古くより住む、土蜘蛛の精魂

が胡蝶という侍女に化身して、典薬の守よりの使いといつわり、頼光に毒を飲ませ、

これを殺めようとしましたが、正体を見破られ、伝家の宝刀『膝丸』で一太刀あびせられます。

土蜘蛛の精は、葛城山に飛び去ってしまいますが、この宝刀を『蜘蛛切丸』と改め

四天王に宝刀を授け、土蜘蛛を退治する様に命じ、葛城山に向かわせ、土蜘蛛の妖術に

悩ませられながら激闘の末これを退治するという物語です。

月清き 夜半とも見えず 雲霧の かかればくもる 心なるかな

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