


綾西神楽團は、1981年(昭和56年)12月、広島市安佐北区可部町綾ケ谷に
「綾西神楽同好会」として発足し、父祖累代親しみ続けてきた郷土芸能「神楽」の魅力に
ひかれた地元若者が参集し、青年層の活動の一貫とし、「神楽」を修得しております。
結成時、神楽の経験者は誰もおらず、衣装も道具もない状態でしたが、地元住民の厚意に
よりまして衣装・道具一式を揃えていただきました。
その後、地元の高校生が加入して会員が増え、名称を「綾西神楽團」と改め、現在に至ります。
モットーは、「礼節を重んじ礼に始まり礼を学び礼に終わる」としており、
更に「神楽を楽しみ、観る人に感動を与える神楽團」を目指し活動を続けております。

平安時代末期、月が美しい夜のこと、豪放きわまる弁慶が京の五條大橋で、
向こうから風流な笛を吹いて来る凛々しい稚児遮那王の腰に帯びた太刀を気に入り、
それを我が物にしようと戦いを挑みます。
遮那王は弁慶が薙刀をもって攻めても、それをものともせずに右に左に飛び交わし、
とうとう弁慶は力尽きて降参してしまいます。
その時遮那王は11歳の幼少。弁慶は並外れた大男。
遮那王は鞍馬山で鬼一法眼より兵法を授かり守護され、後に源義経と改名し、
弁慶は生涯忠誠を尽くし、後世にその名を残した物語です。

平安時代中期、源頼光は丹波国(たんばのくに)の大江山に酒呑童子率いる鬼人が多数住み、
民を悩ますので、帝(みかど)より「これを退治せよ」との勅命を受け、四天王を引き連れて
大江山に酒呑童子の退治に向かいます。
一行は神から神酒を授けられた後、自ら山伏修験者であると名乗り、酒呑童子に近づき、
都の酒と偽り神酒を飲ませ、その功徳で力を失った酒呑童子たちを退治する物語です。